デイヴィッド・グーディスがアメリカン・ライブラリーの一巻に収録

 この春、デイヴィッド・グーディスの作品集が、〈ライブラリー・オブ・アメリカ〉叢書の一巻(David Goodis Five Noir Novels of the 1940s & 50s )として収録された。
 編者はジム・トンプスンの評伝でMWA賞を受賞したロバート・ポリート。

Davidgoodis

 この〈ライブラリー・オブ・アメリカ〉は、古典から現代までアメリカ文学の主要な作家を集めた叢書である。

 これまで犯罪小説系では、チャンドラー2冊(Stories and Early Novels 、 Later Novels and Other Writings )やハメット2冊(Complete Novels  、Crime Stories and Other Writings )、そして  Crime Novels: American Noir of the 1930s and 40s と  Crime Novels: American Noir of the 1950s の2冊が刊行されていた。

 すでにグーディス作品としては、有名なDown There (1956)(『ピアニストを撃て』)がAmerican Noir of the 1950s に収録されていたが、なんとジム・トンプスンやパトリシア・ハイスミスを差し置いて(?)、単独の作品集が刊行されようとは。

 このグーディス作品集 Five Noir Novels に収められているのは、以下の5作。Dark Passage (1946) Nightfall (1947) The Burglar (1953) The Moon in the Gutter (1953) Street of No Return (1954) 。このうち邦訳されているのは、The Burglar 『華麗なる大泥棒』(角川文庫)のみ。しかもこれ現在入手は難しい。

 できれば、この5作のラインナップに Cassidy's Girl を加えると、文句はないのだが。おそらく現在のところ、グーディスの次なる邦訳が出る可能性は、あまり高くない。まぁそんなに売れないだろうし。

 しかしながら、このたび〈ライブラリー・オブ・アメリカ〉の一巻に収録されたことで、アメリカ文学における犯罪小説の分野を語るに、この作家は欠かせない、というお墨付きをもらったことでもある。どこかで出してくれないものか。

 また、ちょうど向こうのサイト Mystery * File で、Reviewed by Walker Martin: DAVID GOODIS – Five Noir Novels of the 1940′s and 1950′s. という記事が書かれたばかり。フランスで支持されむこうでは評伝も一冊刊行されていることやパルプ誌で活躍していた時代の作品についても触れている。

 そして、この5作、みな映画化されているのだ。哀しいかな日本ではグーディスのこと、まだ何にも紹介されていないに等しい。という私もこれを機に読破していきたい。

エルロイのインタビュー集が出た

 きょう3月4日はジェイムズ・エルロイの誕生日。64歳になる。
 ということで久々の更新をしたわけではないのだが、ちょうど Edited by Steven Powell "Conversations with James Ellroy" (University Press of Mississippi)が刊行されたので、紹介しておく。

Conversationswithjamesellroy

 1984年のものから全部で22本のインタビュー記事が収録されているのだ。
 興味のあるかたはお読みあれ。

 会話文なので英語がたいしてできなくとも固有名詞さえ知っていれば大まかに理解できる。
 たとえば、1995年のインタビューに次のような箇所がある。
I'd say that Dashiell Hammett taught me much more than Ross Macdonald: and Raymond Chandler, in the end , taught me very little.

 そのあと、ハメットから何を学んだのか、というインタビュワーの質問に、「ハメットの世界観だ」という風に語っている(たぶん)。

 ちなみにハードカヴァー版はいまなら約5300円。ソフトカヴァー版なら2200円ちょいである。

 

長いこと放置しておりすみません

 昨年末より余裕のない日々がつづいており、再開はもうしばらく先となります。
 昨年いろいろと展開したハードボイルドなんたらかんたらの続きも山ほどたまっており、それ以外にもここにふさわしい話題もあるのですが……。
 うまく仕事がはかどれば二月上旬にはいったんすこし間ができるかもしれません。あくまでそれは希望的観測。
 気長にお待ちください。

サンフランシスコの書店

 と、春の地震以降は引きこもるばかりで、ゴールデンウィークも夏休みもなく、このまま一年が終わってしまうのもなんなので、アメリカはサンフランシスコへ行ってきた。

 で、ダウンタウンのなかに、ユニオンスクエアという、東京で言えば銀座のような高級店が軒をそろえる一角がある。
 以前はそこに大型書店「ボーダーズ」が店を構えていた。店自体はいまもあって、看板も残っていたが、もちろん営業はしていない。

Borders

 あと、全米一の大書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」もサンフランシスコの中心部に一軒もない。郊外にはあるそうだ。

 たぶん、Alexander Book Company という店がダウンタウン周辺でもっとも大きな書店なのではないのだろうか。ビルの三階分が書店となっていて、文学の棚も充実していた。

Alexanderbookcompany

 

 いくつかの書店で Mystery の棚を見ると、「ミレニアム」はもちろんのこと、ヘニング・マンケル、ジョー・ネスボなどが並んでいて、昨今人気の北欧ミステリ作家はこの国でもちゃんと読まれているようだ。


 そういえば、大書店ばかりか、タワーレコードも倒産してもうアメリカにないわけだ。いまや大きなショッピングモールの中にCDショップがあるのみ。たぶん。

 そのほか、中心部から離れたあたりへバスに乗って行き、何軒か古本屋をまわってきた。
 そのひとつ、Dog Eared Books。

Dogearedbooks

 で、アメリカの書店では、文学 (literature)という分類のほか、たいていは Mystery や SF といった分類名で棚が分かれているのだが、この店ではなんと Noir の棚があった。 

Noir

 といっても、他の店では Mystery の棚にあるものとさして変わらないわけだが、それでもチェスター・ハイムズにはじまり、アイスバーグ・スリムとかドナルド・ゴインズとかいった黒人系犯罪小説(もしくはストリート小説と呼べばいいのか)も並んでいて興味深いところ。

 とりあえず、ここまで。

前回のつづきのような話

 で、前回の内田樹氏による「平松さんの支援集会で話したこと」の続き。

 以下、長いけれども引用。

彼らを学習させるために、市場原理主義者たちは「自己利益」を道具に使いました。「勉強するといいことがあるよ」と利益誘導した。勉強すると、高い学歴が 手に入るよ、いい会社に入れるよ、高い年収が取れるよ、レベルの高い配偶者が手に入るよ・・・というふうに教え込んだ。自己利益の追求を動機にして学習意 欲を引きだそうとした。その結果何が起きたか。
たしかに子供たちは「努力」するようにはなりました。でも、それは学習努力じゃありません。「最低の努力で最大の結果を出す」ための、費用対効果のよい勉強の仕方をみつけるために知恵を絞った、ということです。「勉強しないで、勉強したのと同じ結果が得られる、もっと楽な方法」を見つけ出すための努力で す。
一番確実なのは、まわりの子供たちの学習意欲を殺ぐことです。勉強なんかすんなよ。くだらねえことやめろよ、と説いて回る。この「まわりの子供に勉強させない」ために今の日本の子供たちが割いている努力は半端なものではありません。それだけの努力を自分の学習に向けたら、ずいぶん成績だって上がると思うのだけれど、それでは費用対効果が悪いから、やらない。だって、問題は費用対効果なんですから。
だから、もっと賢い子供は「勉強すると『いいこと』があるよ」という利益誘導を聞かされているうちに、「勉強する」という部分をショートカットして、いき なり「いいこと」だけを手に入れる方法を考えるようになる。もし「いいこと」というのが端的に金のことを言っているなら、学校なんか行くことはない。無駄 な勉強することない。インターネットを使って株でもやろう、ということになる。賢いですよね。でも、中学生が学校不登校になって、家でインターネット使っ て株の売買して数億円儲けたということになったら、今の教育関係者は誰も彼を批判できるロジックを持たない。学校行ってしっかり勉強すると、結果的に高い年収が手に入るよと言って学習を誘導してきた人間には、それを批判する言葉がない。オレ、もう金あるから、教育は受ける必要ないよと子供に言われたら、も う何も言い返せなくなる。
利益誘導は学習の動機づけにならないんです。「オレ、もう金あるよ」という子供は勉強しない。同じように、「オレ、金なんか要らない」という子供も勉強し ない。実際にはこのタイプの子供の数が思いがけなく多い。経済合理性で子供たちの学習を動機づけようとする人たちの最大のピットフォールは「金なんか、要らない」という「無欲」な子供たちには手も足も出せないということなんです。
だから「人参と鞭」戦略は無効だと言っているんです。
相対的な優劣だけ問題にしていれば、集団全体の学力は下がる。必ず下がる。現に下がっている。利益誘導すれば、目端の利いた子供は学校に行かないで「金」 だけ手に入れるショートカットを選び、「金なんか要らない」という子供たちは学校に行かないようになる。そのパーセンテージがもう半端じゃないところまで 来ている。

 これも内田樹のブログや著書でこれまで述べられてきた話のおさらいだ。

 なぜ、ある時期から「学級崩壊」が起きたのか、この説明でよくわかった。

 そういえば、今年、ある番組で「サイレント・テロ」という言葉を耳にした。ここに説明がある。サイレントテロ

 「格差を生み出す消費社会からの逃避行動、意図的にモノを買わない若者たち」という説明もあった。たとえば優良企業を狙って製品の不買運動を推し進める動きもあるそうな。

 なにか成績の悪い生徒が学習の場自体をなくしてやろうとする「学級崩壊」と似ている。そもそも市場をなりたたなくしてやろう、というのだ。

 で、つい最近、内田樹氏は、ツイッターで次のような発言をしていた。

経済的な停滞というのは、メディアがヒステリックに語るような退嬰的な現象であるのではなく、「市場への抵抗」のあらわれではないかという気がします。ものモノは要らない。消費にも欲望を感じない。神経症的な経済競争にも興味がない。自然と調和した穏やかな暮らしがしたい。そういう人たちがバブルのときのような狂騒的な消費活動がまた始まることにうんざりして、ささやかな抵抗を試みている。その結果としての「いわゆる」経済活動が停滞している。その一方で、GDPではとらえられないかたちでの贈与や互酬のシステムはゆっくり形成され始めている。僕にはそんな感じがします。(11月28日)

 もちろん一部では不買運動をするような過激な人たちがいるのかもしれないが、「サイレント・テロ」という言い方は、あくまで企業側の見方で、大半は現実に金がないから買いようもないし、必要もないから買わない、のではないか。

 テレビも冷蔵庫もパソコンもケータイもみんな持ってる。車や一戸建ての家がなくても生きていける。稼ぐ手段もない。

 と、 まぁ、これはどうも世界全体の傾向のようで、欧米の経済は悪化する一方だし、見通しは暗い。

 にも関わらず、毎月毎月よくこれだけの本が出ているものだ。誰が買ってるんだろう。(もう、つづかない。しばらく更新なし)

«癒し 呪い 賢い消費者